朝、目覚ましの音で起きて、
カーテンを開ける。
そこに見えるのは、
いつもの道路ではなく、
空をゆっくり流れていくバスの影だった。
もしも空飛ぶバスで通勤する時代が来たら、
通勤という言葉の感じ方も、
少し変わるのかもしれない。
駅へ急ぐ人たちは、
地上のバス停ではなく、
ビルの屋上にある空の停留所へ向かう。
エレベーターで上がった先には、
朝の風が吹いていて、
遠くの街並みがまだ少し眠たそうに見える。
やがて、
低い音を響かせながら、
空飛ぶバスが近づいてくる。
飛行機ほど大げさではなく、
電車ほど速すぎるわけでもなく、
町の上をやさしく横切る乗り物。
ドアが開くと、
いつものように人が乗り込む。
スーツ姿の人。
眠そうな顔の人。
スマホを見ている人。
窓際の席を探す人。
未来の乗り物に乗っているのに、
中にいる人たちは、
案外、今とあまり変わらないのかもしれない。
バスが静かに浮かび上がる。
地上の信号が小さくなり、
交差点の渋滞も、
まるで模型のように見えてくる。
昨日までイライラしていた道も、
上から見ると、
少しだけかわいく思える。
窓の外には、
朝日に照らされたビル群。
川の上に伸びる橋。
屋上に並ぶ小さな庭。
遠くを飛ぶ別のバス。
通勤時間なのに、
少しだけ観光しているような気分になる。
たぶん最初の頃は、
みんな窓の外を見て、
写真を撮ったり、
誰かに話したりするのだと思う。
けれど、
それもやがて日常になる。
空を飛ぶことに慣れて、
雲の近くを走ることにも慣れて、
人はまた、
朝の眠気と仕事の予定に戻っていく。
それでも、
空飛ぶバスの通勤には、
少しだけ救いがある気がする。
満員電車の中で押されるかわりに、
窓の向こうに広い空が見える。
渋滞の列を眺めるかわりに、
雲の端が朝日に光っている。
今日も仕事か、と思う気持ちの横に、
今日も空を通って行くのか、
という小さな不思議がある。
人間はきっと、
どんな未来になっても、
慣れてしまう生き物なのだと思う。
空を飛ぶバスも、
AIが動かす街も、
ビルの上にある停留所も、
いつかは普通の景色になる。
けれど、
ふとした朝に窓の外を見て、
自分が空の上を通勤していることに気づいたら、
少しだけ心が軽くなるかもしれない。
未来は、
すごい技術だけでできているわけではない。
いつもの朝が、
ほんの少し違って見えること。
いつもの通勤に、
空の広さが混ざること。
それだけでも、
未来は少しやさしくなる。
もしも空飛ぶバスで通勤する時代が来たら、
人は空を飛びながら、
今日もいつもの職場へ向かう。
そしてたぶん、
少し眠そうな顔をしながら、
窓の外の雲を見て、
こう思うのだ。
昔の通勤は、
地面の上だけだったんだな、と。
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