気がつけば、「老後」という言葉がやけに近くなった。
まだ先の話のはずなのに、ニュースも、SNSも、やたらと将来を心配させる。
年金はいくらもらえるのか。
何歳まで働けばいいのか。
貯蓄はいくらあれば安心なのか。
未来の数字ばかりを追いかけて、
今日という一日が、どこか脇役になっていないだろうか。
「今は我慢。」
「今は使わない。」
「楽しみは老後に取っておく。」
そんな言葉を、自分に何度も言い聞かせてきた気がする。
でも、ふと思う。
老後のために今を削り続けた先に、
本当に笑っている自分はいるのだろうか。
未来は大切だ。
備えも必要だ。
それは間違いない。
けれど、未来は「今」の積み重ねでしかない。
今日を味わえない人が、
突然、老後だけを上手に楽しめるとは思えない。
若さは戻らない。
体力も、感性も、時間の感じ方も、
少しずつ形を変えていく。
今しかできないことがある。
今だから感じられることがある。
それを全部、未来のために先送りしてしまっていいのか。
老後は「目的地」なのか。
それとも、ただの通過点なのか。
人生がマラソンだとするなら、
ゴールだけを見つめて走るより、
沿道の景色も見たほうが、きっと豊かだ。
将来を思う夜と、
今日を生きる朝。
そのバランスを探しながら、
私たちは揺れている。
老後のために今を生きるのではなく、
今をちゃんと生きた結果として老後がある。
そんな順番であってほしいと、
静かな未来を想像しながら思うのである。
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