未来の海は、
今と同じように青いのでしょうか。
遠くまで広がる水平線。
太陽の光を受けて、きらきら光る波。
風に乗って届く、少し塩のにおいがする空気。
そんな当たり前みたいな景色が、
未来にもちゃんと残っているのか。
それは、少し不安になる話です。
子どものころに見た海は、
ただ大きくて、きれいなものでした。
波が寄せては返すだけで、
ずっと見ていられました。
貝殻を拾ったり、
砂浜に足あとをつけたり、
波打ち際から逃げたりして、
それだけで一日が終わるような場所でした。
そのころは、
海が汚れるとか、
魚が減るとか、
地球の温度が上がるとか、
そんなことはあまり考えていませんでした。
海はいつまでも海で、
青いものはずっと青いままだと、
どこかで思っていたのかもしれません。
でも今は、
そう簡単には思えなくなりました。
ニュースでは、
海のごみの話を聞きます。
プラスチックの話もあります。
海水温の話もあります。
サンゴが白くなっていく話もあります。
人間の暮らしが便利になるほど、
どこか遠くの海に、
静かに負担が流れていく。
自分の目の前には見えなくても、
世界のどこかの波が、
少しずつ濁っているのかもしれません。
そう考えると、
きれいな海の写真を見るだけでも、
少し胸が苦しくなることがあります。
未来の海は、
まだ青いのでしょうか。
その青は、
今よりも深く美しい青でしょうか。
それとも、
人間が壊してしまったあとに残る、
少し悲しい青なのでしょうか。
同じ青でも、
そこにある意味は変わってしまう気がします。
ただ美しい青なのか。
失われそうなものを見ている青なのか。
守りきれなかったものの青なのか。
海の色は、
人間の生き方まで映しているのかもしれません。
未来という言葉には、
どこか明るい響きがあります。
新しい技術。
便利な暮らし。
空を飛ぶ乗り物。
AIと一緒に生きる日常。
今より進んだ社会。
でも、どれだけ未来が進んでも、
海が青くなければ、
少し寂しい気がします。
人間だけが便利になって、
空や海や森が疲れていく未来は、
本当に豊かな未来なのだろうか。
そんなことを思います。
海は、何も言いません。
汚れても、
暑くなっても、
魚たちが減っても、
人間に向かって怒鳴ることはありません。
ただ波を寄せて、
ただ波を返すだけです。
だからこそ、
気づいたときには遅いのかもしれません。
静かに変わっていくものほど、
人は見落としやすいからです。
それでも、
未来の海がまだ青いと信じたい気持ちもあります。
人間は壊すこともあるけれど、
守ろうとすることもできるはずです。
小さなことかもしれません。
ごみを減らすこと。
ものを大切に使うこと。
自然をただの背景だと思わないこと。
海の向こう側にも生き物がいると想像すること。
大きなことは、
すぐには変えられないかもしれません。
でも、何も考えないまま進むより、
少しでも考えながら進むほうがいい。
未来は、
急にやってくるものではなく、
今日の積み重ねの先にあるものだからです。
いつか未来の誰かが、
海辺に立つ日が来ます。
その人が、
青い海を見て、
きれいだなと思える世界であってほしい。
波の音を聞いて、
少し心が軽くなるような場所であってほしい。
海を見た子どもが、
何も考えずにただ笑えるような、
そんな未来であってほしい。
未来の海は、まだ青いのだろうか。
その答えは、
未来の人だけが知っているのではなく、
今を生きている私たちにも少しだけ預けられている気がします。
青い海を、
ただ思い出の中だけの景色にしないために。
未来の波が、
まだ光を受けてきらきらと揺れているように。
今日の小さな選択が、
遠い海の青につながっているのかもしれません。
ここまで読んでくれて、ありがとうございます
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