人は今より幸せになるのだろうか。
忘れたくない日の景色。
大切な人の声。
もう一度だけ戻りたい時間。
そういうものを、
写真や動画ではなく、
その時の気持ちごと保存できる時代が来たら、
たぶん多くの人は使ってみたいと思う。
あの日の夕焼けを見た時の胸の動き。
誰かにやさしくされた瞬間の安心感。
子どものころに感じた、
理由のないわくわく。
それを取り出して、
もう一度体験できるなら、
人生は少しだけ救われる気もする。
けれど、
記憶を保存できるということは、
忘れられないということでもある。
本当は時間が薄めてくれたはずの痛みまで、
きれいなまま残ってしまうかもしれない。
悔しかった言葉。
失敗した日の空気。
もう戻らない人の温度。
それを何度も再生できてしまうなら、
人は前に進めるのだろうか。
便利な未来ほど、
人間の心にとっては重たいものになることがある。
忘れることは、
弱さではなく、
生きるためのやさしい機能なのかもしれない。
すべてを覚えていられたら、
人は壊れてしまう。
大事なものだけが少し残って、
どうでもよかったことは自然に消えていく。
今の記憶の仕組みは、
不完全だけれど、
不完全だからこそ人間らしい。
もしも未来で、
記憶を保存する機械が当たり前になったとしても、
たぶん人は選ぶことになる。
残したい記憶。
残さないほうがいい記憶。
もう見返さなくてもいい記憶。
未来の技術は、
何でも保存できる方向へ進むのかもしれない。
でも人間の心は、
何でも保存すれば満たされるほど、
単純ではない。
大切なのは、
記憶を残すことだけではなく、
その記憶とどう距離を取るかだと思う。
昔を抱えたまま、
今を生きる。
忘れたくないものを少し持ち、
忘れていいものは静かに手放す。
もしも記憶を保存できる時代になったら、
人はきっと、
忘れることの価値にも気づくのだと思う。
保存できるからこそ、
残さない自由が大切になる。
何もかもを残さなくても、
心の奥に少しだけ残っているものがある。
それだけで、
人はちゃんと生きてきたと言えるのかもしれない。
ここまで読んでくれて、ありがとうございます
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