未来という言葉を聞くと、
つい新しい技術や、見たことのない街を想像してしまいます。
空を飛ぶ車。
人と話すロボット。
どこまでも便利になった暮らし。
けれど、ふと思うことがあります。
未来に本当に残っていてほしいものは、
そんな大きなものばかりではないのかもしれません。
朝、家の前を歩いている人の姿。
少し古びた自転車が、
いつもの場所に停められている風景。
電線の上にとまる鳥。
夕方になると、
どこかの家から聞こえてくる生活の音。
そういう、何気ない今の風景です。
特別な観光地でもなく、
有名な建物でもなく、
写真に残そうと思わなければ通り過ぎてしまうような景色。
でも、そういうものほど、
あとから思い出すと大切だったりします。
古い商店街の看板。
雨の日の道路に映る信号の光。
夕焼けの中を歩く学生。
近所の小さな公園。
誰かが毎日水をあげている植木鉢。
そういうものは、
すごく目立つわけではありません。
けれど、そこには確かに、
今を生きている人たちの時間があります。
未来の人が見たら、
今の私たちの暮らしも、
少し不思議に見えるのかもしれません。
この道を歩いていたんだ。
こんな家が並んでいたんだ。
こんな服を着て、
こんな店に入り、
こんな空の下で暮らしていたんだ。
そんなふうに思うのかもしれません。
今は当たり前に見えているものも、
時間が過ぎれば、
いつか当たり前ではなくなります。
昔の写真を見たとき、
そこに写っている何でもない道や店に、
なぜか胸が少し静かになることがあります。
そこに写っている人の名前は知らなくても、
その時代の空気だけは伝わってくる。
未来に残したいものは、
きっとそういう空気なのだと思います。
便利さだけではなく、
にぎやかさだけでもなく、
何気ない日々の手触り。
朝の光。
午後の影。
夜の窓明かり。
そういうものが、
未来にも少しだけ残っていてほしいです。
もちろん、街は変わっていきます。
古い建物はなくなり、
新しい道ができ、
使われる言葉も、暮らし方も変わっていくでしょう。
それでも、
人が家に帰る時間の安心感や、
誰かを待つときの静けさや、
ふと空を見上げる気持ちは、
なくならないでほしいと思います。
未来に残したい風景とは、
きっと立派な景色ではありません。
何も起きていないようで、
ちゃんと毎日が流れている風景です。
誰かが歩いて、
誰かが働いて、
誰かが笑って、
誰かが少し疲れて帰っていく。
そんな普通の一日が、
未来から見れば、
かけがえのない記録になるのだと思います。
だから、今の何気ない風景を、
もう少しだけ大事に見ておきたいです。
何も特別ではない今日の道も、
いつか誰かにとっては、
懐かしい未来の風景になるのかもしれません。
ここまで読んでくれて、ありがとうございます
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