いつか遠い未来の人たちが、
いまの私たちの時代を振り返る日が来るのだろう。
そのとき、現代はどんなふうに見えるのだろうか。
便利な時代だったと言われるのか。
それとも、まだ不便な時代だったと言われるのか。
私たちはスマホを持ち、
インターネットで世界中の情報を見られる。
昔の人から見れば、
まるで魔法のような時代に生きているのかもしれない。
けれど未来の人から見れば、
私たちの暮らしもまだまだ古く見えるのだと思う。
毎日仕事に追われ、
満員電車に乗り、
人間関係に悩み、
お金や将来の不安を抱えて生きている。
未来の人は、
「こんなに技術が進んでいたのに、なぜ人はこんなに疲れていたのだろう」
と思うかもしれない。
AIが生まれ始めた時代。
人間と機械の距離が近づき始めた時代。
それが現代なのかもしれない。
未来の教科書には、
この時代のことが大きな転換点として書かれているのだろうか。
「人類はこのころから、知能を外に持つようになった」
そんなふうに説明されるのかもしれない。
けれど、その時代を生きている私たちは、
そんな大きな歴史の中にいる実感はあまりない。
今日の予定を考え、
明日の生活を心配し、
少しでも楽に生きる方法を探している。
未来から見れば大きな時代でも、
その中で生きている一人ひとりにとっては、
ただの毎日なのだと思う。
未来の人は、
現代のSNSを見てどう思うのだろう。
たくさんの言葉が流れ、
誰かが笑い、
誰かが怒り、
誰かが傷つき、
誰かが必死に自分の存在を伝えようとしている。
それを見て、
「人間らしい時代だった」と思うのかもしれない。
まだ不完全で、
まだ迷っていて、
それでもつながろうとしていた時代。
そんなふうに見えるのかもしれない。
未来がどれだけ進んでも、
人が何かを願う気持ちは、
あまり変わらないような気もする。
安心して暮らしたい。
誰かにわかってほしい。
少しでも自由でいたい。
大切なものを失いたくない。
技術がどれだけ変わっても、
人の奥にあるものは、
案外ずっと同じなのかもしれない。
未来の人が現代を見るとき、
笑われる部分もあると思う。
「昔の人はこんなことで悩んでいたのか」
「こんな仕組みで生活していたのか」
「こんなに効率の悪いことをしていたのか」
そう思われることもあるだろう。
でも、できれば少しだけ、
やさしい目で見てほしいとも思う。
私たちは私たちなりに、
この時代を必死に生きている。
便利さの中で迷い、
情報の多さに疲れ、
新しいものに戸惑いながら、
それでも前に進もうとしている。
未来の人にとって現代は、
古くて未熟な時代に見えるのかもしれない。
けれど同時に、
何かが大きく変わり始めた、
少し危うくて、少し面白い時代にも見えるのだと思う。
いま私たちが当たり前だと思っている景色も、
未来から見れば、きっと歴史になる。
スマホを見つめる人たち。
駅を急ぐ人たち。
夜の部屋でネットを開く人たち。
AIに言葉を投げかける人たち。
そのすべてが、
未来の誰かには少し懐かしい時代の風景として映るのかもしれない。
だからこそ、
いまの時代をただ消費するだけではなく、
少しだけ見つめてみたい。
未来の人が現代をどう見るのかはわからない。
でも、たぶんこう言われる気がする。
あの時代の人たちは、
不安の中にいながら、
それでも未来を想像しようとしていたのだと。
ここまで読んでくれて、ありがとうございます
PR
コータのAmazonページへ
よろしければ、
のぞいてみてください
0 件のコメント:
コメントを投稿