いつからだろう。
希望よりも不安のほうが、説得力を持つようになったのは。
明るい未来を語る声よりも、
「このままでは危ない」という言葉のほうが、
ずっと真面目で、現実的で、賢く聞こえる。
ニュースを開けば、
少子化、人口減少、経済停滞、社会保障の限界。
問題は山積みで、どれも間違ってはいない。
けれど、気づけば物語の中心には、
いつも“不安”が立っている。
政治の議論も、
経済の話も、
将来設計も、
出発点はたいてい「失うかもしれないもの」だ。
守るために、備えるために、疑うために。
私たちはずいぶん慎重になった。
慎重さは悪くない。
むしろ成熟の証かもしれない。
けれど、不安が主役になりすぎると、
社会は縮こまる。
挑戦は無謀に見え、
変化はリスクにしか映らなくなる。
かつてこの国は、
未来に対してもう少し無邪気だった。
成長を信じ、拡大を信じ、
明日は今日より良くなると疑わなかった。
今はどうだろう。
「悪くならなければ上出来」
そんな空気がどこかに漂っている。
不安は強い。
人を動かす力もある。
けれどそれだけでは、
前へ進むエネルギーにはなりにくい。
未来をつくるのは、
恐れではなく、仮説だ。
「こうなったらいい」という想像力だ。
不安が主役になった時代に、
希望は脇役に追いやられている。
でも本当は、
主役を決めているのは社会ではなく、
一人ひとりの選択かもしれない。
不安を無視する必要はない。
ただ、舞台の真ん中を独占させないだけでいい。
この国の物語に、
もう一度、別の主人公を立たせることはできないだろうか。
不安が主役になった時代だからこそ、
次の主役を静かに探してみたい。
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