街を歩けば、ニュースもSNSも、
不安や悲観の言葉であふれている。
経済停滞、少子高齢化、災害の恐れ。
未来を語るとき、最初に出るのは「でも…」だ。
悲観は説得力を持つ。
慎重に見え、現実的に映る。
失敗やリスクを避ける知恵として、
社会はそれを歓迎するようになった。
しかし、悲観が常態化すると、
前に進む力は静かに削られていく。
挑戦は無謀とされ、
希望は現実逃避のように見える。
若者は夢を語ることをためらい、
大人は挑戦よりも守りを選ぶ。
社会全体が縮こまり、
未来の可能性は狭まっていく。
悲観は安心をくれる。
「やっぱりね」と言える理由を与え、
過去の失敗や予測できないリスクを理由に、
何もしなくても良い口実になる。
けれど本当に必要なのは、
恐れだけでは動かない勇気だ。
想像力を持ち、仮説を立て、
小さくても前に踏み出す力だ。
悲観が流行する社会では、
安心や秩序は守られるかもしれない。
でも希望の種は、風に吹かれ消えてしまう。
だから問い直したい。
悲観が支配する今の空気の中で、
私たちはどんな未来を選べるのか。
希望を語ることを、
まだ怖がらずにできるだろうか。
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