2026年3月2日月曜日

若者が未来を語らなくなった理由

いつからだろう。
若者が大きな夢を語らなくなった、と言われるようになったのは。

「安定がほしい」
「無理はしたくない」
「普通でいい」

それは本当に、挑戦を失った姿なのだろうか。

生まれたときから、
右肩上がりを知らない世代がいる。
景気は回復途上と言われ続け、
将来不安は常にニュースの片隅にあった。

努力すれば必ず報われる、
そんな単純な物語は、
どこか現実味を失っている。

終身雇用は揺らぎ、
年金制度への不安は消えず、
物価は上がり、賃金は思うように伸びない。

そんな環境で育てば、
夢よりもリスク管理を優先するのは自然かもしれない。

語らなくなったのではなく、
語れなくなったのかもしれない。

大きな夢は、
失敗したときの反動も大きい。
SNSの時代、
挑戦も失敗も、瞬時に拡散される。

目立たないことが、
ひとつの防御になる。

けれど本当に、
若者は未来を諦めているのだろうか。

形が変わっただけではないか。
大企業よりも自分らしさ。
出世よりもバランス。
肩書きよりも納得感。

それは夢が小さくなったのではなく、
価値観が変わっただけかもしれない。

かつてのような、
国全体がひとつの方向を向く時代ではない。
多様な選択肢の中で、
それぞれが静かに未来を設計している。

若者が未来を語らなくなった理由。
それは悲観だけではなく、
社会が用意してきた前提への静かな違和感かもしれない。

もし本当に語らせたいのなら、
「頑張れ」と背中を押す前に、
挑戦しても大丈夫だと思える土台を整える必要がある。

未来は、若者だけの責任ではない。
社会全体の空気の問題だ。

語られなくなった未来の代わりに、
私たちはどんな物語を用意できるだろうか。

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